映画『海炭市叙景』

最近見た映画で触発された映画の一つに『海炭市叙景』がある。川崎市アートセンターでこの映画を見たとき、しばらく座席から立てずこの重いストーリーをどのように受け止めればいいのか整理できなかった。現代社会のなかで揺らぐ個人がオムニバスで描かれていた。希望が感じられるシーンもあるが答えはない。

居酒屋に行き『奥の松』を飲みながら映画のなかの色々なシーンを反芻しているとき、突然、映画の舞台になった函館に行きたくなった。そして函館の映画館「アイリス」で『海炭市叙景』を見たいと思った。「アイリス」は30年以上前、私が函館で自主上映活動を手伝っていたときのメンバーらが参加して作った市民映画館だ。川崎市の映画館で見るのと違うことが感じられるのではないかと思った。

1か月後、吹雪のなかの函館にいた。『海炭市叙景』を再度見る前に一面雪に覆われた函館の街を歩き回る。そこで感じたのは「雪道を歩く時の足もとの不確かさが函館人の精神構造に影響を与えているのではないだろうか」ということだった。雪道は車の轍や人の足跡でゴツゴツとしていて非常に歩きにくい。突然10センチくらい横滑りすることもあれば、思わぬ水溜りが雪の下にあることもある。一番危険なのはアイスバーンだ。自動車の前で転んで危うく轢かれそうになった人を見かけた。

常に少し前のめりになって足元を見つめながら、重心の位置を一定に保たなければならない。前後から現れる車に常に注意して、交差点を渡るときは転んだ自分もイメージしながら、足早に進む。重心を一定にするということが重要だ。足もとはゴツゴツしていて、自分の体重ですぐに変形する。東京のように気を抜いて歩くことはできない。

とまで考えて、これは「現代を生きる」ということに他ならないと気づいた。

『海炭市叙景』の登場人物たちも、突然の解雇通知、妻との不和、経済的苦境、DV、親との乖離など様々な起伏のなかで重心を必死に保ちながら生きている。自分の前に現れる問題をきれいに解決し、平らな道を歩くことはできない。できることはゴツゴツした足元を見つめながら、重心を保って歩き続けることだけだ。

そう感じて見た『海炭市叙景』は、川崎市アートセンターで見たときよりも何倍も鮮明に心に迫ってきた。『鬼畜大宴会』は嫌いな映画だったが、熊切監督はガラリと作風が変わり、抑えた演出と暗喩に満ちた表現でこの映画をつくった。

映画館を出るとき受付に「アイリス」の代表で『海炭市叙景』のプロデューサーである菅原和博さんがいたので挨拶した。しばらく雑談をしていて、私が20代のころ函館で手伝っていた自主上映のことを実によく知っていることに驚いた。特に唯一黒字をだした『タクシードライバー』の上映を熱く語る姿に、人と人を結びつける映画の力を感じ、この映画制作に函館という地で情熱を傾けた菅原さんにシンパシーを抱いた。

『海炭市叙景』を函館で見たい!とわざわざ青森新幹線に乗って函館に来てしまったが、来て良かったと思った。たまにはこういう酔狂も悪くない。

(三浦規成)

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映画『海炭市叙景』
152分、カラー 35mm、2010年、『海炭市叙景』製作委員会
監督:熊切和嘉、原作:佐藤泰志、企画:菅原和博、音楽:ジム・オルーク、脚本:宇治田隆史
出演:谷村美月、竹原ピストル、加瀬亮、三浦誠己、山中崇、南果歩、小林薫

作品解説
村上春樹らと並び評されながら不遇だった小説家・佐藤泰志の幻の小説の映画化。海炭市とそこで人生に苦い想いを抱えて生きる人々の姿を、函館市民の協力を得て、優しく包み込むように描き出した熊切和嘉監督の傑作。

あらすじ
その冬、海炭市では、造船所が縮小し、解雇されたふたりの兄妹が、なけなしの小銭を握りしめ、初日の出を見るために山に昇ったのです...。プラネタリウムで働く男は妻の裏切りに傷つき、燃料店の若社長は苛立ちを抑えきれず、父と折り合いの悪い息子は帰郷しても父と会おうとせず、立退きを迫られた老婆の猫はある日姿を消したのです...。どれも小さな、そして、どこにでもあるような出来事です。そんな人々の間を路面電車は走り、その上に雪が降り積もります。誰もが、失ってしまったものの大きさを感じながら、後悔したり、涙したり、それでも生きていかなければならないのです。

(第23回東京国際映画祭より)

映画『海炭市叙景』公式サイト(http://www.kaitanshi.com/)

コメント(1)

イケチン Author Profile Page:

『海炭市叙景』は未見なのですが、
舞台となった現地で作品を観ることの奥深さにうなりましたよ。

前屈みになり慎重に歩を進めて雪道を行く三浦さんの姿が浮かびます。
いつもながら、フットワークの良さに感嘆!!

雪道でなくても、酔って転ぶこともあります。
ご注意あれ! (自分への戒め含めてのことですが)

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