小田急線各駅飲酒
私がこの店に通い出したのは7年ほど前、確か雑誌「古典酒場」に掲載されたのを読んで訪ねた記憶がある。当時、カウンターのなかは夫婦でやっていた。
記憶に残っているのは、空いているカウンター席に座り、かばんを床に置いたところ、おかみさんがすぐに「イタリア製のカバンをそんなところに置かないで」とBRIDGESのカバンを隣の席の上に置いたことだ。
初めて来店した客のカバンをすぐにイタリア製と見抜くとは「できる!」とおかみさんに一目置いた覚えがある。
それから週一くらいのペースで通ったが、この店のカウンターは開店の5時から6時にかけて、常連の座る席がだいたい決まっている。一度5時過ぎにカウンター左隅に座ったところ、常連たちからにらまれた。そこはほぼ毎日通っている常連の席だったのだ。その視線のプレッシャーに耐えかねテーブル席に移ったところ、店の雰囲気が一気に和むのが、感じられた。
私がこの店で頼むメニューはほぼ決まっていた。ホッピーはセットで頼み、中を二つ追加、その間にマカロニ・サラダとサンマの一夜干しを頼む。お腹が空いているときはもう一品、それでも2000円はしない。
そんな「晩酌の店住吉」だが、確か3年くらい前、カウンターの中からマスターの姿が消えた。どうしたんだろうと思っていたが、ある日常連とおかみさんが、マスターが病気で倒れたことを話題にしているのを耳にした。内臓系の病気らしかった。その後おかみさんが料理もつくるようになったので、てんてこ舞いの忙しさだった。私も1品目は手のかからない「マカロニサラダ」を頼むようになった。その後3年近く店から足が遠のいた。
先週、「小田急線各駅飲酒」を書くために3年ぶりで店を訪ねた。暖簾をくぐり戸を開けると3年前と同じ風景があった。マスターは復帰しておらず、カウンターのなかはおかみさん一人だった。カウンターの右隅に座った。するとおかみさんが口を開いた。
「そこは常連さんの席だから、一つ左に寄って。」
以前右隅は常連席ではなかった。3年間の時間の流れを感じた一瞬だった。
これまでに寿司屋の「美登利寿司」などで飲んだことはあるが、自分で積極的に飲みに行く居酒屋はない。そこで今回も「居酒屋探し」を行うことにした。
梅ヶ丘なら世田谷代田と違って事前の「食べログ」を調べなくても入りたい居酒屋は見つかるだろうと、「ぶらり散歩」をすることにした。駅北口から歩いて5分、入ってみたい居酒屋はすぐに見つかった。看板には「花神」の文字。店内はよく見えないが、カウンターとテーブル1、2個の標準的な広さに見えた。
入店するとカウンターに客が一人、カウンター内には大将がいた。すぐ「いらっしゃい。初めてだね」の言葉。すぐこういう言葉が出てくるのは、大将が客をよく見ている証拠でまずは好印象。「初めてです。よろしくお願いいたします」と挨拶してカウンターに座る。
「今日はサッカーのW杯アジア最終予選オーストラリア戦があるから暇で新しい客は嬉しいね」と大将がひと言。
「何を飲みます?」と聞かれたのでメニューがないか見回すが、飲み物のメニューがない。
減点1。とりあえず、ビールで様子を見るかと「中生」を一つ頼む。食べ物のメニューは正面のメニュー板に色々書いてあったが、それらは刺身が中心だった。目の前に大皿があり美味しそうだったので、それを頼むことにする。「ツブ貝の煮付け」と「野菜」をお願いする。野菜はアスパラの水煮を中心に7~8種類の皿があったので「アスパラを入れてあと2つくらい見つくろってください」と注文。値段がわからないので若干の不安はあったが、ここは腹をくくって頼む。
出てきた「ツブ貝の煮付け」はとても美味しかったし、アスパラも本来の味をうまく引き出している。頑固そうな親父だが、かなりの職人と見た。
大将の話によると店は34年営業しているとのことだが、梅ヶ丘地元の客は少なく、自分の味を好きな遠方の客が多いとのこと。かなりの自信家だ。隣の60才前後の常連客も話しかけてきて、もう20年来の客でかつてはクレージー・キャッツの安田 伸・竹腰 美代子夫妻とよく飲んだ思い出話を始めた。多分この店はコアな金を持っている常連に支えられている店なのだろう。しかし、そういう店特有の "厭味な"感じはまったくない。それは大将の持っている"真っ直ぐな"人柄が大きいと感じられた。
入店して1時間たつ頃突然大将がメニュー板に「サザエの刺身 950円」と書いた。カウンター内のサザエを見るとかなり大きい。「どこ産ですか?」と聞くと「伊豆半島産」とのこと。以前新橋の「そうかわ」という店で伊豆産の同じくらいのサザエを食べたとき2000円以上したことがあったので、かなりお得だ。これは、私が客として試されていると感じ、「950円なら」と思い切って注文した。出てきたサザエを食べるとその"香り"が素晴らしい。「いい香りですね」と言うと、大将は「ニコニコ」笑って「そう言われると嬉しいね」と答えた。その笑顔をみただけで、サザエを注文して良かったと思った。
さて緊張の「お勘定」。日本酒も4合飲んだのでもしかすると7000~8000円するかなと思ったが、5000円でお釣りがきた。多分「また来るように」と少し安くしてくれたのだろうと感じた。しかし、この店に常連としてくるには、4000円弱必要だと感じた。私が居酒屋に出せる額は2000円台だ。
たまに、旨いモノを食って大将の笑顔が見たくなったらまた行こう!
書けない理由は、仕事が忙しかったこともあるが、一番大きな理由は、書くべき店が見つからないのだ。この駅に降りて飲んだ居酒屋もなければ、飲みたい居酒屋もない。一度世田谷代田駅に降りて居酒屋を探したが、飲みに入りたい店は見つからなかった。 "コジャレタ"店は何軒かあったが、生活のにおいや"飲兵衛の巣"の雰囲気は全くなかった。それを感じ取ったのかチェーンの居酒屋さえ存在しない。
しかし、世田谷代田に飲兵衛がいないはずはない。今一度、昨日居酒屋探しをおこなうことにした。ただ "闇雲"に探しても見つからないだろうと思い、「食べログ」で「世田谷代田」「居酒屋ランキング」で検索し一軒の店にとりあえず行くことを決めた。店の名は「串鉄」点数は3.17。口コミには次のように書いてある。
シモキタもここまで歩いてくると人もまばらで、ガキンチョもいなくなります。渋〜くて美味い居酒屋があるとは聞いていたのですが、初めてやってきました。店名から串焼き屋かと思いましたが、いわゆる居酒屋です。ポテトサラダと刺し盛り頼んでサッポロビール(←ポイント高い)で乾杯。刺身も美味しいですが、ちょっと一手間かけた料理が絶品です。おかぁさんと丁々発止のやりとりをしながら達筆のお品書きを解読し、絶品の酒肴を愛でる、ということができるオトナじゃないと楽しめないかも知れませんね。
夕方5時半に世田谷代田駅に降り立つ。「串鉄」に電話したが、誰も出ないので、店にとりあえず向かった。駅から離れた住宅街の中の方にあったので、夜になると、酔って駅に歩いて帰れなくなることを危惧したのだ。最近自分の記憶力に自信が持てなくなっているので、道を曲がるたびに、目印を記憶していく。10分ほど歩いて店が見つかったが、まだ開店していない。店から一人男性が出てきたがノレンはかかっていない。
仕方がないのでとりあえず、駅の北側環状7号線沿いを歩いて別の店を探すことにする。5分ほど歩いて「呑肴」という焼鳥屋が見つかる。中に入ると洒落た造りの店で、カウンター7~8席でマスター1人が準備をしていた。まず、ホッピーのセットを注文。450円という標準的な値段。ただ、焼酎の量は少し少ない。焼き鳥は1本からでも注文できることを確認し、タンと雛皮を2ほんづつ注文。みな1本120円という標準的な値段。焼き上がってきたタンの味は "イマイチ"だったが、雛皮はジューシーで量も多い。
下見のときは、一杯一品にすることにしているので、これだけで店を出るつもりだったが、雛皮のレベルの高さにもう少し飲むことにする。ホッピーの「なか」を頼み、「タマネギのホイル焼」を注文。しかし、この追加注文がこの店の評価を下げた。追加の「なか」は300円だったが,私の人生で最小量の「なか」。タマネギも今が新タマネギの旬のはずだが、パサパサした小玉だった。もうこの店に足を運ぶことはないだろう。
6時30分に再び「串鉄」に足を運ぶが、まだ開店していない。先ほど店からでてきた男性が店主らしかったが、あまり感じが良くなかったので方針を変え、隣の「酔太郎」という店に入る。戸を開けるとカウンターの中に70才前後のママさんがいて開店準備中。
「少し待っていてくれる」と言われたので「座って待たせていただきます」と言って椅子に座る。少しするとトイレから出てきた先客が店のノレンを掛け始める。多分常連客なのだろう。店の雰囲気としては悪くない。
5分ほど待っているとお通しの「モヤシのあえ物」がでてくる。何か一品頼もうとメニューを見る。冷や奴350円。煮込み450円など普通の値段。ただカウンターの上におでんの鍋があり、メニュー板にもおでんのネタが一品一品丁寧に書いてあるので、頼もうと思ったのだが、値段がどこにも書いていない。メニューを見直すがここにも書いていない。とりあえず日本酒2合600円を常温で頼み、杯を傾けながら、何か不自然なものを感じ、何故値段が書いていないのかじっと考えた。
店を見回し、どう考えてもこの店の主役は「おでん」である。常連なら必ずおでんを頼むだろう。その値段が何故書いていないのか?書く必要がないほど定番なのか?それともママの胸先三寸で決まるのか?などなど考えていて25年ほど前、大阪のおでん屋での出来事を思い出した。
そこは美味しい店だったが、やはり、値段がメニューなどに書かれていなかった。おでんのネタのなかに「鯨のさえずり」があった。鯨の舌の部分で珍しい部分であることは知っていたが、値段を聞かず注文した。店の客の間に緊張が走るのを感じたが、構わず食べた。とても美味しかった。しかし、その感動は「お勘定」のとき「驚愕」に変わった。さえずり一個が1万円近くしていたのだ。それ以来、私は値段のわからないものを注文しないことにしている。「酔太郎」でもそのポリシーは守ることにした。「お勘定お願いします」と一品も頼まずいうとママは驚いた顔をしたがすぐに「900円」ですと言った。日本酒2合600円。お通し300円。明朗会計だった。この店にはもう一度来るかもしれないと思った。
それから世田谷代田の駅近くを歩いていて「ぐすく」という看板が目に入った。名前から沖縄居酒屋だろうと思い入ってみた。この店のことはあまり覚えていない。泡盛をロックで2合くらい。料理は何を食べたか記憶にない。親父と小一時間話していたと思う。話の内容もあまり覚えていないので、ここに書くことはできない。ただ悪くない店だという感触が残っている。もう一度訪問して書くべきことがあったら、書き足すことにする。
下北沢は若者の街だ。南口に降りて南口商店街を歩くと10代、20代の若者たちの人の波に飲み込まれ圧倒的にそれを感じる。居酒屋も"こじゃれた"店が多く、私のようなおじさんに似合う店は少なく、この連載を書き始めたとき、どの店を書くか迷った。
入った瞬間に"当たり"の感触があった。カウンターに常連が3〜4人座り、店主と店員も"ただもの"でない雰囲気を漂わせていた。チェーン店にはない居酒屋の「くすんだ」歴史が店に充満していた。雰囲気は一言で言うと「おやじの巣」。
ホッピーセットをまず注文すると、ジョッキにたっぷりの氷とたっぷりの焼酎が注がれてきた。何をたべようかと壁に貼られたメニューを見ると「つくね」の文字が「私を食べてください」と眼に飛び込んできた。こういうときは、素直にその声に従うことにしている。
「つくね2本たれで」と注文すると「ゆず入りとニラ入りどちらにします?」と聞き返してきた。「?」。もう一度壁に貼られたメニューを見ると確かに両方書かれている。「1本づつというのはいいですか?」と聞くと「いいですよ」との答え。4〜5分待つと、少し大きめのつくねが焼かれて出てきた。
まず「ゆず入り」を食べる。噛むと肉汁のほかに口の中にゆずの香りが広がる。次に「ニラ入り」を。しっかりしたニラの味がつくねとマッチする。この口の中のつくねを冷えたホッピーで胃に流し込む。「ああ!幸せだ!」
入店10分で私はこの店が好きになった。店のなかを見回すと中高年の客たちがみな、幸せそうな顔をして飲んでいる。
よく見ると見知った顔があった。知り合いかなと思ったが違った。写真家の浅井愼平さんだった。同年配の人たちと楽しそうに「小上がり」で飲んでいた。しばらくしてお勘定を頼む。
ホッピーセット+なか2杯、つくね2本、雛皮1本、突き出しで2000円。焼き鳥が大きめなので、気持ち高めだが、まあリーズナブルか。この店とは長いお付き合いになる予感がする。
このほか下北沢には「酒党 安寅」 (しゅとうあんどら)という美味しい店が北口にある。食べ物に合わせたお酒を出すというコンセプトの店なのだが、酒と食べ物に凝っていて、食べ物はとても美味しい。合わせる酒も日本酒だけでなくシェリー酒や泡盛も合わせてくれる。私はこの店の「水茄子のサラダ」がとても好きだが、これを食べるとき酒が進み過ぎる傾向がある。
ネットで検索して調べたら2年前に中目黒に移転している。2年間ご無沙汰していたのかと驚いたが、決して店にいやなことがあって行かなかったわけではない。一人で飲みに行くと4000〜5000円と単価が若干高かったのでNHK退職後生活のダウンサイジングを行っていたので行かなかっただけだ。2人で行ってワイン1本とニシンの酢漬けとパテとパンで済ませれば、計5000円、一人2500円ほどで済むのだが、この店によく一緒に行っていた人物の仕事が変わり、一緒に飲みに行けなくなってしまったのだ。
昨日、食べログのサイトから印刷した地図を手に、移転した店を訪ねてみた。開店時間の5時半に店を目指して歩いていくと、それらしき店の前でマスターが玄関前を掃除していた。「お久しぶりです」と挨拶すると、私を覚えていたらしく「本当に久しぶりだね」と驚いたような顔で答えてくれた。「掃除が終わるまでちょっと待っていて」と言われたので、近くの垣根のあたりに座って待った。店を見ると3階建ての細長い建物の1階が店舗。2・3階が住居になっているようだ。
しばらくすると、マスターから「中に入って」と言われたので中に入る。4人掛けのテーブルが2つとカウンター席が12席ほどある。男性の料理人1人と客席係1人がいる。しばらくするとこの日から働くらしい女性アルバイト2人がやってきた。これだけ雇えるということは繁盛しているのだろう。
メニューはワインと食べ物2種類。私はワインのことはよくわからないので、初めて行く店では一番安いワインを飲むことにしている。このことは作家の沢木耕太郎さんから教えられた。沢木さんは海外旅行の経験が豊富だが、いい店は必ず一番安いワインにリーズナブルなワインをメニューに載せているという。以前「バル・エンリケ」でワインを飲んだときも、訪問するたびに、安いワインから順番に飲んでいき5回目に美味しいワインに出会った。値段は2800円くらいだった。6回目に同じワインを頼むとマスターは大きくうなずいた。それ以降、客としての扱いも少し変わったように思う。新しい店のリストを見るとそのワインは無かった。一番安いワインは3100円。まずそれを頼んだ。
この店の料理で一番好きな「ニシンの酢漬け」を頼んだが、今の季節は「サンマの酢漬け」しかないとのこと。残念!サンマの酢漬け、野菜のパテ、アンチョビを盛り合わせたプレートと小エビのアルアヒ-ジョを頼む。サンマの酢漬けはニシンの酢漬けには及ばない。
パテは肉の方が美味しい。小エビのアルアヒ-ジョはエビの美味しさをしっかり出していた。お勘定は5400円。プレート3点盛りにしてもらったので考えていたよりは安い。
マスターと雑談すると東北沢では13年ほど営業していたとのこと、移転の理由ははっきりと聞けなかったが2年ほど前といえば、もつ鍋、ジンギスカンなどで、中目黒がまだブレイクしていた時期。お客の多いこの場所への移転を選んだのだろう。また来よう。