小田急線各駅飲酒 第4回 代々木八幡
代々木八幡は八幡宮の近くに開けた商店街を中心とした町だ。私の実家にも近いので古くからよく知っている。近くを「春の小川」に歌われた宇田川が流れ、小さいころはオタマジャクシをとったり、笹舟を浮かべて遊んだりしていた。確かNHKの「新日本紀行」で「東京の山の手と下町の接点」というようなナレーションを聞いた覚えがある。
大きな商店街なので、何軒か居酒屋はあるのだが、私が好きな居酒屋は残念ながらない。ただ飲む場所はある。それは商店街の裏、井の頭通りの近くにある中華料理店だ。
店名は「他人」という。町の中華料理店としては随分変な名前だ。店は老夫婦と息子の3人でやっている。主人と息子は顔がそっくりだが、もしかしたら他人なのだろうかと疑問に思っていたが、今回の文章を書くにあたり思い切って聞いてみた。もしかすると「息子の出生には人に言えない秘密があって」的な話がないかと期待したのだが、まったく、そのような話はなかった。ただ親父さんは私の頭の上を指さした。するとそこには一枚の小さな紙があって、つぎのように書いてあった。
「他人のゆらい。かわいい子には旅をさせろ。他人の飯を食べさせなければ出世しない」
このことわざは先代の店主が大事にしていたもので、その店主から店を引き継いだ親父さんが店名にしてしまったという(もしかすると、引き継ぐ前の店名が「他人」だったかもしれない。老酒をたくさん飲んで酔って聞いていたのでよく覚えていない)
さて、この店で私がお酒(主に老酒)を飲むとき頼む食べ物は、主に3つある。「酢豚」「カニ玉」「肉団子」。街の中華料理屋として佇んでいる「他人」だが、この3品については、普通の店のレベルを超えている。商店街の表通りには小じゃれた中華料理屋もあるが、この店の3品のレベルには手も届かない。親父も「酢豚」「カニ玉」「肉団子」の3品の注文が入ると明らかにテンションがあがり、鍋を振る腕も力強くなる。値段も3品とも1250円と少し高いが、うれしいのは、酒飲みのために「酢豚」と「肉団子」にはハーフサイズ(750円)が存在する。
大相撲の時期になると、私は夕方5時頃にこの店に入店し、ビールと酢豚ハーフを注文し、ゆっくりビールを飲みながら大相撲をテレビ観戦し、酢豚ができると老酒を頼むのが好きだ。街の中華料理屋で酢豚を食べながら観戦する魁皇。日本人としての醍醐味ではないだろうか。
コメントする