SAYONARA 2011(2)ぬまべさん
まだまだ師走の慌ただしさは続くのだけど、小生なりの「SAYONARA 2011」を。
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久しぶりに再会して、その人がいかに大切な存在かを知る。しかもそのすぐあとに永遠の別れが待ち構えているとは、なんという残酷な人生のさだめだろう。
高田純さんとの再会と惜別がまさにそうだ。三十五年ぶりにお目にかかり、幾多の修羅場を経たであろう果ての穏やかな笑顔に魅せられた。「銀幕」当 時の思い出を懐かしく語り合うとともに、「もう一花咲かせる」と意気軒昂な胸中も覗かせた。その純さんがあんなに早く亡くなられるなんて...。
原田芳雄さんには昨年九月、銀座シネパトスの特集上映の折に再会、トーク・ショーを拝聴した。席はかなり離れていたのだが、抽籤で直筆サイン入り写真 (『赤い鳥逃げた?』スチル!)が当たり、ご本人からじかに手渡された。病気と聞いてはいたが、全然そうは見えず、往時と変わらぬオーラに立ち眩みした。 その原田兄ィがもういないなんて...。
そしてケン・ラッセル。高校二年のときBBCのTV映画『夏の歌』で凄い衝撃を受けた。あの体験があったから今の自分がある。1987年の来日時 に図々しくサインを頂戴した。来年一月、ロンドンでのトーク・ショーを聴くのを心待ちにしていた矢先の死。言葉を失う。もう一度「ありがとう」と云いた かった...。
自分自身が来年はもう還暦だ。頼もしい人生の先輩たちに先立たれるのも理の当然、致し方ないこと──おのれにそう言い聞かせつつ、それでも彼らの死は耐えがたいほどに不条理だ。
ねえ、みんな、先に死ぬな、どうか生きていておくれ。
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久しぶりに再会して、その人がいかに大切な存在かを知る。しかもそのすぐあとに永遠の別れが待ち構えているとは、なんという残酷な人生のさだめだろう。
高田純さんとの再会と惜別がまさにそうだ。三十五年ぶりにお目にかかり、幾多の修羅場を経たであろう果ての穏やかな笑顔に魅せられた。「銀幕」当 時の思い出を懐かしく語り合うとともに、「もう一花咲かせる」と意気軒昂な胸中も覗かせた。その純さんがあんなに早く亡くなられるなんて...。
原田芳雄さんには昨年九月、銀座シネパトスの特集上映の折に再会、トーク・ショーを拝聴した。席はかなり離れていたのだが、抽籤で直筆サイン入り写真 (『赤い鳥逃げた?』スチル!)が当たり、ご本人からじかに手渡された。病気と聞いてはいたが、全然そうは見えず、往時と変わらぬオーラに立ち眩みした。 その原田兄ィがもういないなんて...。
そしてケン・ラッセル。高校二年のときBBCのTV映画『夏の歌』で凄い衝撃を受けた。あの体験があったから今の自分がある。1987年の来日時 に図々しくサインを頂戴した。来年一月、ロンドンでのトーク・ショーを聴くのを心待ちにしていた矢先の死。言葉を失う。もう一度「ありがとう」と云いた かった...。
自分自身が来年はもう還暦だ。頼もしい人生の先輩たちに先立たれるのも理の当然、致し方ないこと──おのれにそう言い聞かせつつ、それでも彼らの死は耐えがたいほどに不条理だ。
ねえ、みんな、先に死ぬな、どうか生きていておくれ。
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